セックスレスは徐々に忍びよる

夫婦の生活も、最初の頃にはいつ何が起きたかということをしっかり覚えているものですが、次第にルーティン化してくると、記憶が曖昧になることもでてきます。結婚してまもない頃には、「おとといセックスしたけど、昨日はしていないから今日は絶対しよう」などと覚えていますが、10年も経てば、「前回がいつだったか思い出せない」などということも起こり得るようになってきます。

中年期以降に増えているセックスレスは、多くの家庭で「いつ始まったのか」がわからないものです。だんだん少なくなっていくのには気づいていても、それがいつからそうなって、全然なくなったのはいつだったのか、最後にセックスしたのはいつなのか、を覚えていないことが多いようです。

セックスの管理をしている人は少ない

仕事上のスケジュールはこまめに管理している人でも、性生活の回数をきちんと記録している人はそれほど多くはないでしょう。江戸時代の俳人、小林一茶は日記に毎日の性交回数を記録していたことが知られていますが、一茶の場合には50代で初めて結婚して童貞を失ったために、セックスの喜びが人一倍強かったことが背景にあるでしょう。普通の人は、ルーティンワークのひとつである性生活について、そんなに几帳面に記録することはありません。

そのため、セックスレスとなってしばらくすると、それがいつからなのかがわからなくなるということが少なくありません。回数を増やそう、取り戻そう、といっても、もともとの頻度もわからないのでは、どこを目標にすればいいかも定めにくいものです。将来セックスレスにならないようにしたいと考える夫婦は、今の時点での記録を残すようにすると良いかもしれません。そして、セックスレスから脱出しようとしている夫婦は、これからの性生活についてなんらか記録をとるようにすると良いでしょう。目標があれば、人は努力するもの。「週に1回」とか「一日おき」とか、それぞれの夫婦で話し合って設定し、どの程度できているのかチェックし合うのも一案です。

性生活がとぼしくなると夫婦の会話も乏しくなります

セックスもコミュニケーションの一種ですが、性生活の頻度が少なくなると、それと同時に、夫婦の会話も少なくなりがちです。体のコミュニケーションと言葉のコミュニケーションの頻度は、一致しているといえるでしょう。会話レスにはセックスレスの種がひそんでいると考えられます。仕事のストレスと関係があったり、子育てで忙しいという事情があったりするわけですが、自分たちの夫婦関係を振り返った時に会話が減ったと感じたならば、まずはそれを取り戻す努力をすべきです。

特に、子供が生まれると、それまで互いに名前や「あなた」「お前」と呼び合っていたものが、「パパ」「ママ」にかわります。夫は妻を「女」としてではなく「母親」として見るようになり、妻も夫を「父親」として扱うようになります。「父親」「母親」には「セクシー」が似合いません。少なくとも、ベッドの中では名前で呼び合うようにするとよいでしょう。

夫婦の多くが、性生活の記録を残していないものですが、残したほうがよいでしょう。それが、セックスレスを回避するひとつのきっかけとなりえます。