セックスのない愛と、愛のないセックスの間で揺れる妻たち

わが国では、結婚していてもセックスしない夫婦が増えています。実は、既婚カップルに限らず未婚でも同様で、「つきあっている」のにセックスレスという「恋人」も増えています。そういう人たちの中には、「愛はある」とか「一緒にいるだけで幸せ」とかと言う人もいますが、本当に「愛はあるのにセックスはない」などということがあり得るのでしょうか?性欲のわかない「言い訳」としてそんなことを語っているとか、とっくに愛は冷めているのに言いだせないでいるだけ、とかということはないでしょうか?

心理学者のフロイトは、人の心理の根本を「性」の観点から深く洞察しました。人が無意識に行動するときには、なにかしら性的な欲求が絡んでいると考えたのです。その発想は、必ずしも常に通用するものではありませんが、人の行動の多くが、「性」によって支配されていることは事実のようです。だとすれば、夫婦であるのに性生活のないカップルは、どこかに異常性を秘めているといえるでしょう。不倫をする妻たちは、「セックスのない愛」よりも「愛のないセックス」をとったとも考えられます。やはり、性生活抜きの日常に満足できる人はそれほど多くはないでしょう。

「セックスはないけれど愛はある」カップルに多い不倫

「友達カップル」などと呼ばれる夫婦がいます。とても仲が良く、休日には必ずふたりで手をつないでどこかに出かけ、いつも楽しい会話のはずむ夫婦。でも、セックスはご無沙汰で、年に何回かするだけ。あるいは、もう何年もしていない。彼らの多くは、「セックスはなくても構わない」「それでも、愛はある」と語ります。精神だけで強く結ばれていて、性的な快楽の結びつきが必要ない関係もあり得るのでしょうけれど、すべてのカップルがそれで本当に幸せなのかどうかは怪しいものです。

不倫をしている女性たちに対するアンケート結果の中には、「夫とは親友」とか「セックスはないけれど、愛は今もある」と答える人が少なくありません。「セックスなんてなくても大丈夫」という妻が、一方で他の男性とはしっかり結ばれているのです。やはり性生活は必要なのでしょう。

愛も性欲も「感情」の一種で区別はできない

誰かを愛することと、誰かと性的に結ばれたいと考えることとを区別することはとても難しいことでしょう。「愛と性とは別物」として切り離すことができると主張する人もいますが、実際問題として区別して考えることができるでしょうか?どちらも心から生まれる感情です。「夫に対して性欲がわかない」という状態は、やはり、「愛が薄れてきている」ことの証ではないでしょうか?

一般論として、愛している相手に「抱かれたい」と感じるのが女性の性であり、愛している相手を「抱きたい」と感じるのが男性の性です。逆に「抱かれたい」「抱きたい」と感じる相手に対しては、いくらかは「愛情」的なものを抱くものでしょう。

セックスレスカップルの中には、「性生活はなくても愛はある」と主張する人がいますが、必ずしも真実ではないでしょう。多くのケースにおいて、ただの「言い訳」に過ぎません。愛とセックスは、ほぼ一対のもの。愛を守っていくためには、やはりセックスも必要なのです。